ひつじの絵をかいて!

いろいろ拗らせた本の虫女子大生の独り言。すべては主観であり、個人的な意見です。

元カノ殺す界隈におくる、戦闘力のある本の話──綿矢りさ『かわいそうだね?』

「元カノ殺す界隈」、とは何ぞや?という方も多いかと思います。

初っ端から物騒な単語を繰り出してしまい、失礼いたしました。

そして、元カノ殺す界隈のみなさま、ごきげんようTwitterにそれ専用のアカウントは持っていないものの、いつもひっそりと皆様のツイートに共感してます。界隈の端っこに存在しているつもりの人間です。

 

幸いなことに、元カノ殺す界隈に縁がなく、存在を知らないという人のために紹介しておきますと、Twitter上で彼氏もリアルの友達も知らないアカウントで日々彼氏の元カノを呪い、それを共有する界隈のことです。改めて書くと魔女っぽさがありますね。

界隈の民のアイコンはなぜかセーラームーンなど昔のアニメの画像やイラスト屋が多く、彼氏に浮気された界隈と親和性が高いように思います。

 

元カノ殺す界隈は、常に彼氏の元カノの影におびえています。元恋人なんて縁が切れていれば気にすることないでしょう、と思うかもしれませんが、ふとした時に彼氏の周辺に姿を現すやつ、それが元カノ……!成人式や同窓会、共通の友人の結婚式など、昔の元カノと遭遇するチャンスはごまんとあります。

もしくは元カノの方にそんな気はなくても、彼氏にふとした時に元カノの話をされたり、元カノと比べられることがストレスになり界隈に所属している人もいます。また、あまりにも彼氏が好きすぎるあまり、一人で暴走してしまうことも。

 

そんな元カノ殺す界隈の端くれの私が今日紹介したいのは、純文学です。元カノ殺す界隈と純文学の親和性は低そうですが、ところが、作者の方が(私が思うに)元カノ殺す界隈に以前生息していたとしてもおかしくない!という本を見つけました。

 

それが、綿矢りささんの『かわいそうだね?』です。

 

かわいそうだね? (文春文庫)

かわいそうだね? (文春文庫)

 

 

先に書いておくと、この本が元カノ殺す界隈の特効薬になるとは思っていません。もしかしたら読んだらさらに病んでしまうこともあるかもしれません。それでも、私の友達が元カノ殺す界隈で苦しんでいたら紹介したいと思います。あくまで自己責任でお願いいたします。

 

百貨店勤務の樹理恵の彼氏の隆大は、アメリカ帰りのちょっと無骨で不器用な人。幸せに過ごしていた二人だったが、ある日樹理恵は、隆大に元カノのアキヨが東京で就職が決まるまで隆大の家に置くことになったと告げられる。隙なく完璧な樹理恵と、ファッションやしぐさから隙だらけのアキヨ。元カノVS今カノの戦いの果てに待つものは……?というストーリーです。

 

以下ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。

 

隆大とアキヨがアメリカに長くいたこともあり、文化の違いだと解釈してみたり、両親との縁が希薄なアキヨの境遇に同情することでやりすごしてみたり、と隆大を困らせないようにいい彼女になるため、自分をどうにか納得させようとする樹理恵がいじましく感じます。決して最初から元カノが憎かったわけではなく、徐々に降り積もる違和感が少しずつ樹理恵の首をしめていきます。それでも彼女は28歳の女性らしく、それでも大人としていようとします。

しかし、くせ者なのがアキヨです。しびれを切らした樹理恵がアキヨと隆大が二人で暮らすアパートに突撃した時は、「絶対ヨリをもどすことなんてない」と言っていたのに、一向に彼女の就職活動は終わらず、なかなか隆大の家を出て行きません。それどころか、旅行中に樹理恵が隆大の携帯を盗み見ると、アキヨは30歳だというのに、そこには絵文字や小さい「ゅ」「ょ」などを多用したうっとうしいメールの数々が……!

すわ最終決戦、と樹理恵が再度乗り込むと、すっかり自分色に染め上げた隆大の部屋で、アキヨは樹理恵にこれまでとは打って変わって、年相応の低い声で「あなたのことなんて本当に興味がない」と言い放ちます。

それまで「アキヨの境遇はかわいそうだからしかたがない」「私の彼氏は優しすぎるからしかたがない」と言い聞かせてきた樹理恵は、思考の根幹が間違っていたことに気づきます。「かわいそうな人などいないのだ」と。アキヨはかわいそうに見えるその状況を利用し、欲しい男を狙っていただけだったのです。

 

アキヨは、そんなことなどできはしなそうな隙だらけで頭が軽そうな女性として描写されています。

彼女は薄いピンク色のブラウスに、濃いベージュのすそが広がったスカートを穿き、ひもの切れそうなミュールを素足にひっかけていた。三十歳にしてはだいぶチープな身なりだった。長い薄茶の髪は根本が黒く、毛先が痛んでいるのかスカート同様に広がり、化粧は薄く、しゃべりかたは舌ったらず。 

 (綿矢りさ 『かわいそうだね?』 pp.25 2013 文春文庫)

 

いるいるいるこういう人!!と思わず前のめってしまいそうになる描写です。女性の目から見ると少しだらしなく見えるけれど、男性からしたら守ってあげなきゃと思わせるやつ。同性の友達が少なくて、だいたいオタサーの姫のごとく囲われているか、彼氏にべったりとついて離れないやつ。絶対に彼氏に紹介したくないやつ。そして、絶対に元カノとして対峙したくないタイプの人間です。

 

樹理恵は最後に悟りますが、敵であるアキヨがこのような女であった段階で、しっかりして美しい樹理恵は負けているのです。20代の貴重な時間を無駄にしたくなくば、おそらく引くべきだったでしょう。しかし引き際を間違えた樹理恵が、最後に取る行動も痛快です。男なしでも女は強く生きていける。綿矢りささんのテーマが強く表れている一冊だと思います。