ひつじの絵をかいて!

いろいろ拗らせた本の虫女子大生の独り言。すべては主観であり、個人的な意見です。

完璧には寄り添えない、人間と人間同士のすきま──彩瀬まる『朝が来るまでそばにいる』

 

 

彩瀬まるさんの『朝が来るまでそばにいる』 を読みました。

 

 

 

 

朝が来るまでそばにいる

朝が来るまでそばにいる

 

 

 

ほの暗い雰囲気の短編集で、どの話にも幽霊や怪物が登場するし、ホラーに分類されてもいいくらいのダークさなのですが、その反面、どの話にも必ず愛が織り込まれていてとても好きでした。愛の形は必ずしも男女の性愛だけではなくて、友愛から家族愛まで、少しゆがんでいても、当人には切実すぎる愛が暗さの中に、救いのようにちりばめられていました。

 

私が特に好きだったのは五番目の短編「明滅」です。

奇抜なモチーフやフェチズムあふれる話が詰まった本書の中では比較的地味な短編化もしれませんが、どうしようもなく惹かれる部分がありました。

 

ある予言者がネット上で予言した日本沈没の前日、今村は妻の絵里子とともに趣味の家具づくりに精を出します。その休憩中に、今村は妻にこれまで誰にも話していなかったことを話します。今村は中学生のころ川に流され助かった体験があるのです。その時に感じたのは死への恐怖より、遠ざかることへの恐怖でした。今村は助かりましたが、同じ日に川に流された友人の母親は見つかりませんでした。今村は流された自分の体験から、彼女が遠い真っ暗な場所で途方に暮れているのではと想像し、恐怖を抱いていました。

今村にとってそれは切実な恐怖でしたが、絵里子からは淡白な反応しか返ってきません。

 

その夜、夕食を食べながら、絵里子は幼稚園の頃に好きだった泥遊びの話をします。それは何か絵里子にとっての切実な話ではありましたが、今村は絵里子が求めていたであろう反応を返すことはできません。

 

就寝前に今村は思いを巡らせます。

月日は流れ、背だって随分伸びたのに、未だに大鐘に似た川の音が鳴りやまない。それでも生き続けていたら、いつかこの黒い水流を打ち砕くものに出会える、この救いのない場所から連れ出されると、心のどこかで信じていた。

 けれどそれは、妻に求めるものではなかった。当たり前だ。人間一人には乱暴すぎる問いだ。予想通りの反応がなかっただけなのに、どうして俺はこんなに気落ちしているのだろう。 

(彩瀬まる『朝が来るまでそばにいる』、新潮文庫、2019年、pp.190-191) 

 

多分誰しも、今村にとっての川のように、絵里子にとっての泥遊びのように、消化したい記憶を、救ってほしい気持ちを抱えて生きています。

 

特に私のような物語を多量接種した人間は、今村のように考えてしまうのです。この、他の人には見せることのできない暗くて重たい記憶から、救ってくれる人が現れるはずだと。もしくは、今現在付き合っている恋人こそが、私の闇の部分を受け止めてくれる人なのだと。

 

ヒロイン、もしくはヒーローが暗い過去を持ていて、相手がそれを受け止めることで成り立つ恋愛の形は少女漫画の定石といってもよいでしょう(だからといって少女漫画が薄い、などというつもりは毛頭ありません)。つい私はそれを現実に当てはめてしまう。彼の存在理由を、私を救うためだと勘違いしてしまう。

 

でも、人間はみなそれぞれ別の人生を生きていて、別々の体験をしているために、誰かに100パーセント共感できることなどないのです。私にとって切実なこの問題は、誰れかにとっては本当にどうでもいいことであったりします。

 

ここでめちゃめちゃ自分を語りますが、私は死が怖くて怖くてたまりません。自分が死ぬこともそうですが、特に他人が死んでしまうこと、もう二度と会えないし話せない、伝えたいことを伝えられないというのが、理解の範疇を超えてしまっているかのごとく、つらくて悲しくて仕方ありません。私は親戚が少なく、物心ついたときから身近な人を亡くしたことがないのが原因の一つと考えられます。

 

反対に、現在付き合っている人は、生きることが怖いのだそうです。私とは反対に、身近な人をたくさん亡くした彼は、朝になると生きなくてはならないことに絶望するのだそうです。そんな彼は、スマホにざっくりとした残りの寿命が表示されるアプリを入れて、たまに眺めています。

 

ある夜、とある出来事がきっかけで、私は周りの人が死んでしまうことが怖くて怖くて涙が止まらなくて、眠れなくなりました。彼に電話すると出てくれたのですが、一向に話しはかみ合いません。それはそうです。私にとっての死は絶望であるのに対して、彼にとっての死はある種の救いでもあるのですから。

それでも、一つも分かり合えなくても、彼はぐずぐず泣いている私を慰めてくれたし、私はそのおかげで眠りにつくことができました。

 

ままならないけど一緒に生きる。人が分かり合えないということに対する今のところの私のアンサーはそれです。

 

彩瀬まるさんは、物語の中でそれより優しい、力強いアンサーを、絵里子に代弁させていました。電車で読みながら泣いたくらいの名文だったので、ここでは引用しません。どうか本を手に取って確認してみてください。

 

この短編集の中の、最初の作品「君の心臓をいだくまで」でも人間同士の合わない心のパーツの話が、温かい形で登場します。

話の表面的な恐ろしさやグロさではっきりとは見えませんが、彩瀬さんはとっても優しいお話を書く優しい人なのだと思っています。

 

彩瀬さんのお話に触れた後でなら、醜い怪物の自分を許してもらえるかもしれない。怪物になったあの人を許してあげられるかもしれない。私は本気でそう思います。