ひつじの絵をかいて!

いろいろ拗らせた本の虫女子大生の独り言。すべては主観であり、個人的な意見です。

みんな少しずつ欠けている──彩瀬まる『骨を彩る』

私の中で、いつも、骨みたいなものが、足りなくて」 

(彩瀬まる『骨を彩る』、幻冬舎、2017年、p.113) 

 

自分の中に欠落を見出したのは、いつのことだったでしょうか。その欠落のことを思うと、何者にもなれない自分が少しだけ特別なものになれた気がしました。クラスで目立つあの子も、スポーツがよくできるあの子も、持っていない欠落。持っていないことが少しうらやましくて、だけど少しだけ勝った気がしました。自分が今だけは、世界で一番不幸になれた気がしました。

 

一番その欠落を憎んで、でも拠り所にしていた時期はとうに過ぎましたが、私はまだしっかりその欠落を大事に抱えています。

 

彩瀬まるさんの『骨を彩る』を読みました。

 

骨を彩る (幻冬舎文庫)

骨を彩る (幻冬舎文庫)

 

 入っているお話は独立した短編ですが、その中の登場人物はリンクしている連作短編になっています。

 

どのお話にもどこかに欠落を抱えた登場人物とその周囲の人が登場するのですが、私の好きだった話は、三作目の「ばらばら」と五作目の「やわらかい骨」でした。

 

「ばらばら」の主人公・玲子は、友人目線の「古生代のバームロール」では運動も勉強もよくできてリーダーシップがあり、現在はキャリアウーマンとして働く傍ら、家庭も持っている”よくできる人物”として描かれています。

 

しかし玲子の一人称視点「ばらばら」ではその印象はかなり異なるものになります。

 

玲子の母親は玲子の遺伝子上の父親と離婚し、玲子が小学五年生の時に再婚します。しかし玲子は、元の父親と母親が別れてしまったことについて、「お芝居が終わらない」と消化しきれずにいました。新しい父親に対してはうまく受け止めることができず、父親面するその人に、玲子は反発します。また、再婚先で編入した小学校で玲子はいじめに遭います。その後はうまく立ち振る舞い、優等生でしっかりした女性として玲子は結婚し、子供を授かります。しかし小学生になった息子・芳之がいじめに遭っているであろうと気付くのですが、玲子は芳之に強く当たり、「おかあさんがこわい」と泣かれてしまいます。それを見かねた夫が玲子に自由な時間を取ることを勧め、玲子は仙台に、実の父親の墓参りに訪れます。玲子はその地で自分の気持ちと過去と向き合い、再婚した義父のやさしさに気づくに至ります。(ぜんぜんあらすじ上手くまとめられませんでした)

 

印象的だったのは、玲子が夫に旅先からの電話で語るシーンです。

 

「私の中で、いつも、骨みたいなものが、足りなくて」(中略)

「肋骨が一本足りないとか背骨が一本足りないとか、そんな感じで。別にやってはいけるんだけど、たまに、あ、ないなって。なんでか昔から、すかすかして、落ち着かなくて。足りないものを、補うみたいに、いつも力がはいって、て」

 玲子ちゃんはしっかりしてる。玲子ちゃんは頼りになる。玲子に任せれば安心。玲子はうちらと違うから。玲子、玲子ちゃん。

「いつか足りる、この変な状態が終わるって、ずっと思って待ってるのに、終わらないの」

(彩瀬まる『骨を彩る』、幻冬舎、2017年、p.113) 

 

玲子の話に理解を示した夫を玲子は疑いますが、夫は実家の不仲のことを玲子に打ち明けます。玲子はその後、旅の過程で自分の思いを消化するに至ります。

 

このシーン、この玲子の訴えに、私は共感すると同時に少し自分にがっかりしました。玲子の語ったそれは、私が大事に抱えていた欠落にはまる、ぴたりと同じかたちをしていたからです。私の欠落は何か特別なものなのではなく、シチュエーションは違えど、みんなどこかで経験しているものでした。私が嫌いなあの子も、どうでもいいと思うあの子も、自分の中に欠けている部分に気づいていて、そのパーツを探しているのかもしれないし、すべてわかった上でそんなものはどうでもいいのだと笑い飛ばしているのかもしれない。

 

おそらく、欠落に気づいたその瞬間の私は、その欠落を大事なもので珍しいものだと思わなければやっていけなかったのでしょう。

 

でも、それから少し成長して、この本を読んだ私は、自分の欠落のふちをなぞって慈しみながら、欠落を抱えているかもしれない他人を大事に思えるようになった気がしています。